2070年、そこら辺の雑草が麻薬になって半世紀が経過した。
したんだからしょうがない。
そんな事になった理由は三つある。
①遺伝子組み換えの技術がだんだん普及し、アンダーグラウンドのバイオハッカーにも可能なレベルにまでなったこと。
バイオテクノロジーにはとにかく煩雑な手技がつきものだが、それを簡略化するある種の「遺伝的共通規格」が生まれた。それなりの予算と、最初期の3Dプリンタと格闘するぐらいの根気があれば、好きな川魚を光るようにするぐらいはできるようになった。
②世界的不景気で、バイオ研究者の一部が職にあぶれたこと。
不景気にはいろいろな影響があるが、その一つとして、ふつうなら失業しないような特殊なスキルのある人材が失業することがあげられる。
有能な失業者は無能な失業者よりもしばしばタチが悪いということは言えるだろう。なぜなら有能だからだ。小人閑居して不善をなすというが、有能なヒマ人は有能なだけにより大きな不善をなせるのだ。
③気候変動で、アヘンとコカインの生産地域が壊滅的被害を受けたこと。
麻薬の原料として名高いケシもコカノキも、その扱いはどうあれ農産物であることは確かなことだ。農産物である以上、栽培に向いた土地があり、気候がある。しかし急速な気候変動は、皮肉なことに、どんな反麻薬キャンペーンよりも麻薬産業に打撃を与えた。
さて、この三つの条件が合わさったとき、何が起こっただろうか?
そう、バイオテクノロジーが麻薬業界に革命を起こしたのだ。
今では、ケシやコカインの栽培は大幅に縮小した。なぜかというと、まず、それらと同じ成分を生産する大腸菌がすでに開発されているからである。
大腸菌「わくわくアヘンくん」と「ホワイトハウスくん」と名付けられた二株は、それぞれコデインとコカインを合成する。密造者がやることはしごく簡単で、培養器の温度を一定に保ちながら撹拌し、餌となるアミノ酸を菌に与え続けるだけだ。
そんなわけで麻薬の密造のために広い畑を管理する必要はなかったわけだが、大腸菌の管理もそれはそれで大変だ。菌の培養というのは雑菌混入がつきものなのである。
そこで大腸菌の「麻薬遺伝子」を植物に組み込むことが行われた。この結果出来上がったのが「るんるんジャンキーくん1号&2号」である。これは前述の遺伝子を組み込んだサトウキビで、普通なら砂糖汁が生み出される代わりに、それぞれあへん入りの砂糖汁とコカイン入りの砂糖汁を作り出す。プランテーションは普通のサトウキビ畑と見分けがつかない。
「るんるんジャンキーくん」の存在を当局が認知したのは、サトウキビを食べた子供がコカインのオーバードーズで死亡する事件があったことからで、摘発されるころにはこの新種のサトウキビはアイデアとともに世界中に広まっていた。
そこからはもう予想できる通りである。大麻成分を含むブラックベリー「もくもくくん24号」、LSD成分を含むカモミール「どこにでも行ける切手くん」、幻覚キノコと同じ成分を含むえのきだけ「マジカルえのきくん」、覚せい剤を含むコメ「ごはんでキマるくん」などなどが生まれた。
なお植物の名前が変なのは、単に開発した人のネーミングセンスである。生物学分野や品種改良などはけっこう独特なネーミングセンスの人が多い傾向がある。
前述のとおりバイオ麻薬植物を作れる土壌はそろっていたので、各国の裏社会で製品開発競争が起きまくり、毎年十を超える「新作」が出てくるありさまだった。
さて問題は、既存の法律や取り締まりのやり方が遺伝子組み換え技術をまったく想定していなかったことにある。かつては、単に禁止されている植物と化学物質を取り締まっていたら基本的によかった。いまでは、すべての野菜を疑う必要がある。
たとえば、道で買い物かごを下げている女性がいたとする。これまではまったくあやしくない話だった。しかし今では違う。もしかしたら彼女の買い物かごから出ている大根がアンフェタミンを生産する「キマるぜ青首くん」かもしれないし、ねぎがМDМAを含む「万能ねぎプラスワン」かもしれない。
家庭園芸も油断ならない。中年男性の手入れする花でいっぱいの庭先があったとしよう。これまでだったらそれは単にきれいな庭で済んだ。だが今は違う。そこに咲いているのはLSD成分を含むアサガオ「夏休み32日目ちゃん」かもしれないし、大麻成分を含むペチュニア「キメてよペチュニアん」かもしれない。木も油断ならない。コカインをコカノキなみに含むサカキ「マジで聖なる☆サカキ」や、あへん類を含むコニファー「生垣ハマるちゃん」かもしれない。
さらに遺伝子汚染も深刻になった。遺伝子の水平伝搬という現象のせいで、人間が組み込んでいない植物にまで麻薬製造因子が発現し始めたのだ。遺伝子の水平伝搬は単純な生物で良く起こるが、ウイルスなどを介することで高等生物でも起こりえる。
そんなわけで最近は雑草まで麻薬化している。今では金のない若者は、その辺に生えているスズメノテッポウやセイタカアワダチソウやハハコグサなんかをせっせと集めては乾かして吸っている。たまに「アタリ」を引くとキマるからである。
そんなわけで地球上の全地域はどんどん麻薬汚染が進んでいったが、いいことがひとつだけあった。ほとんどすべての麻薬カルテルが壊滅したことである。理由は安くなり過ぎたからである。
結果的に人類全体にとってはだいたいプラスマイナスゼロであった。
しかし日本人はまだ知らない。スギ花粉がどんどんキメものになっていることに……。





