世の中には、正反対の教えが2つあります。
「お人好しは搾取されて終わる」
「情けは人の為ならず、巡り巡って自分に返る」
どちらを信じるべきか。 実は、データは意外な答えを出しています。
両方、正しい。
ペンシルベニア大学ウォートン校の組織心理学者アダム・グラントは、人間を3タイプに分けて成功との関係を大規模に調査しました。
・ギバー:見返りより先に、相手に与える人(いいやつ)
・テイカー:与えるより多くを、相手から取る人
・マッチャー:もらった分だけ返す、公平主義の人
調査の結果、成績最下位の層に最も多かったのはギバーでした。 エンジニアでも、営業職でも、医学生でも同じ。いいやつは、たしかに沈んでいた。
ところが、です。 成績最上位の層に最も多かったのも、ギバーだった。
営業職の調査では、売上トップ層のギバーはテイカーやマッチャーを約50%上回っていました。 テイカーとマッチャーは中間に固まり、ギバーだけが最下位と最上位に分かれて分布していたのです。
つまり「いいやつ」は、最も沈むタイプであり、最も成功するタイプでもある。

この記事で解くのは2つ。 なぜ、いいやつが最上位に来るのか(本当の理由)。 そして、沈むいいやつと浮くいいやつは、どこで分岐するのか。
理由①:世の中の多数派が「返す人」だから、与える人に追い風が吹く
最初の理由は、本人の中ではなく、周囲の構造にあります。
グラントの調査では、世の中の大多数はギバーでもテイカーでもなく、マッチャー(もらったら返す人)です。
このマッチャーの習性が鍵です。 マッチャーは公平さを重んじるため、テイカーを見つけると評判を広めて罰し、ギバーを見つけると機会を回して報いる。
つまり、いいやつの周囲では、多数派が自発的に「回収係」として働いてくれる。 本人が見返りを求めなくても、構造が回収してくれるのです。
これを数学的に確かめた有名な実験があります。 政治学者ロバート・アクセルロッドが行った、ゲーム理論の戦略トーナメント。 世界中の研究者が「協力か裏切りか」を選ぶプログラムを持ち寄り、総当たりで対戦させました。
結果、上位を独占したのは、自分からは決して裏切らない「善良な」戦略ばかりでした。 裏切りで一時的に稼ぐ戦略は、報復と評判の悪化で、長期戦になるほど脱落していった。
ここから導かれる結論はシンプルです。
1回きりのゲームなら、テイカーが勝つ。繰り返しのゲームなら、いいやつが勝つ。
そしてビジネスは、ほぼすべてが繰り返しゲームです。 業界は狭く、取引は続き、人は転職しても評判を持ち歩く。 「いいやつが成功する」とは精神論ではなく、繰り返しゲームの均衡解の話なのです。
理由②:仕事は、能力ではなく「好感」で配られている
2つ目の理由は、もっと身も蓋もない話です。
ハーバード・ビジネス・レビューに掲載されたカシアロとロボの研究(2005年)は、複数の組織で1万件を超える協働関係を分析し、「人は誰と一緒に働きたがるか」を調べました。
選択肢は4タイプ。 有能で感じのいい人(全員が選ぶ)、無能で嫌な人(誰も選ばない)はいいとして、問題は残りの2つです。
「有能だが嫌なやつ」と「憎めない凡人」、人はどちらを選ぶのか。
建前では、ほぼ全員が「仕事なんだから能力で選ぶ」と答えます。 しかし実際の行動データは逆でした。 人は、能力に多少目をつぶってでも、感じのいい相手と組んでいたのです。
これが何を意味するか。
仕事の機会、非公式の情報、紹介、困ったときの助け。 組織や市場の資源は、公式の評価表ではなく「一緒に働きたい人リスト」に沿って流れている。
いいやつが成功する2つ目の理由は、才能ではなく機会の総量です。 声がかかる回数が多いから、打席が増える。打席が増えるから、実力もつく。 「いいやつは得をする」のではなく、「いいやつには試行回数が集まる」のです。
逆のデータもあります。 ワシントン大学のフェルプスらの実験では、チームに感じの悪いメンバーが1人いるだけで、チーム全体の成果が3〜4割低下しました。 どれだけ優秀でも、周囲の出力を3割削る人は、組織全体で見れば赤字です。 経営者が「いいやつ」を採りたがるのは、情ではなく算数の話でもあります。
自分の記憶でも検証できます。 最近あなたが誰かに仕事を頼んだり、案件を紹介したりしたときのこと。 候補者リストを能力順に並べて選んだでしょうか。 おそらく違うはずです。頭に浮かんだのは「あの人なら気持ちよく動いてくれる」という顔だったのではないでしょうか。
あなたがそうやって配っているように、世界もあなたに配っています。
**実践法(機会の総量を増やす側に回る)
**・依頼を受けたときの最初の一言を「できるかどうか」ではなく「状況の受け止め」にする。「それは大変でしたね、見てみます」の一言で、次も声がかかるかが変わります
・返報を待たない小さな貢献を週に数回配る。紹介、情報のシェア、他人の仕事への一言の称賛。コストの小さい親切ほど、回収は評判として大きく返ってきます
分岐点:沈むいいやつと、浮くいいやつは何が違うのか
ここまでで「いいやつが最上位に来る理由」は説明できました。 残る問題は、最下位に沈むいいやつです。
グラントは、沈むギバーと浮くギバーの違いを特定しています。
**沈むのは「自己犠牲型」のギバー。
**頼まれたら断れない。自分の仕事を後回しにして他人を助ける。搾取するテイカーにも与え続ける。 その結果、燃え尽き、自分の成果が消え、最下位に沈む。
**浮くのは「他者志向型」のギバー。
**相手の利益と、自分の利益を同時に考える。 与えるが、自分を破壊するまでは与えない。
具体的な違いは3つです。
**① 与え方に「レート」を持っている
**浮くギバーは、相手の利益が大きく、自分のコストが小さい貢献を選びます。 シリコンバレーの著名なギバーであるアダム・リフキンはこれを「5分の親切」と呼びました。 人を紹介する、記事を1本送る、一言フィードバックする。 5分で終わるが、相手には大きい。この非対称な親切を、数多く配る。 自己犠牲型は逆に、自分が何時間も溶ける手伝いを、断れずに引き受けます。
**② テイカーを検知したら、与え方を変える
**浮くギバーは、全員に無条件で与えません。 搾取が続く相手には、マッチャーとして振る舞い直す。 「いいやつであること」と「都合のいいやつであること」は、別物だと知っているからです。
**③ 助けを求められる
**意外に思えますが、成功するギバーは自分も助けを求めるのがうまい。 与えるだけの関係は上下関係になりますが、与え合う関係は同盟になります。 そして人は、一度助けた相手をより好きになる。頼ることも、実は相手への贈り物なのです。
まとめ:優しさに、設計図を持て
整理します。
・ギバーは成功の最下位にも最上位にもいる。「いいやつは損」も「いいやつが勝つ」も、半分ずつ正しい
・浮く理由①:多数派のマッチャーが、評判を通じてギバーに報い、テイカーを罰する。ビジネスは繰り返しゲームであり、繰り返しゲームでは善良さが最強戦略になる
・浮く理由②:仕事の機会は能力ではなく好感で配られる。いいやつには打席が集まる
・分岐点:沈むのは自己犠牲型、浮くのは他者志向型。レートを持ち、テイカーには対応を変え、自分も助けを求める
経営者であれば、もう一段の応用があります。 採用で「ギバーを採る」よりも先にやるべきは、「テイカーを組織に入れない」ことです。 フェルプスの実験が示した通り、1人のテイカーは10人のギバーの環境を壊します。 ギバー文化は、ギバーを足すことではなく、テイカーを混ぜないことから始まります。
「いいやつは損をする」と言う人は、短期のゲームだけを見ています。 「いいやつなら成功する」と言う人は、分岐点を見落としています。
本当のところはこうです。
いいやつは、戦略として最強である。ただし、無条件ではない。
沈んでいくのは「いいやつ」ではなく、「断れないやつ」。 成功するいいやつは、優しさの総量が多いだけでなく、優しさの配り方に設計図を持っています。
そして最後に。 この構造を知った上でギバーを演じるテイカーは、必ず見抜かれます。 マッチャーたちの評判ネットワークは、あなたが思うより高性能です。
演じるくらいなら、本当に与える側に回ったほうが早い。 それが、繰り返しゲームとしての人生で、データが勧める唯一の生存戦略です。
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